2006年2月19日

開高 健 「もっと広く 南北両アメリカ大陸縦断記 南米篇」下 (文春文庫)


さて、このシリーズも最終巻である。この巻はペルーから始まり、旅の終わりのマゼラン海峡を望む地、リオ・ガジェゴスまで。

ペルーでは一種、豪快な釣りに同行する。

なにせ、荷物が氷520キロ、水600リットル、米50キロ、ガソリン270リットル、石油60リットル、以下ジャガイモ、トウガラシ、サラダ油・・・と合計2トン、同行者ニ十数名というコルビーナ(イシモチの一種らしいが、体重12キロ、体長1メートル20にまで成長するらしい)や畳のように巨大なヒラメ釣りを数週間にわたって釣る一大旅行というか大イベントである。

しかも旅行の主催はペルーで大規模な日本料理店を営む人だから、当然料理人つきであり、ここで供されるペルー料理が、また食欲をそそるものばかりだ。

それは、

鍋の底にタマネギやトマトやシジャガイモを敷き詰め、軽く塩をふる。その上に魚をのせる。その上にまたタマネギやトマトを敷き詰め、塩をふり、アヒ(トウガラシ)を入れる。その上にまた魚、その上にまたタマネギやトマト。こういう具合にしたのを、水を一滴もいれないで、トロトロ弱火で煮た、「スダド」というスープ

魚(コルビーナ)のとれとれの端麗な白身を刺身にして大皿に並べ、そこへタマネギやトウガラシをふりかけ、新鮮なライムの鋭い果汁をたっぷりとふりかける。魚の肉が酸に焼けてチリチリと白くなる。はんなりと白くなったところをいただく「セビチェ」

であったり、

牛のコラソン(心臓)をワインビネガー、つぶしたニンニク、コショウの粉、クミンシード、塩、小さいトウガラシ(タカの爪)などにおよそ8時間から12時間つけ、それをコマ切れにして太い青竹の串にさし、炭火で焼いた「アンティクーチョ」

などである。

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開高 健 「もっと広く 南北両アメリカ大陸縦断記 南米篇」上 (文春文庫)


「もっと遠く」に続いたアメリカ大陸縦断記の南米篇である。
南米篇は、メキシコから始まる。もちろん、南米にメキシコを入れるのは筆者も躊躇しているが、スペイン人の征服によるアステカ帝国の滅亡から現在までの宗教、風俗、史的体験からして北米とは異なるものとして南米篇にいれたものだという。そういえば、今までのオリンピックの開催国で、オリンピック開催後、国威を著しく落としたのはメキシコだけだ、という逸話をどこかで読んだことがある。

そんなメキシコから始まり、コロンビアまでいたるのがこの南米篇の上巻である。

メキシコに入ると、すぐさま「モクテスマの復讐」に襲われる。とはいっても事件ではない。下痢である。コルテスに滅ぼされたアステカ帝国の最後の皇帝 モクテスマ二世が、メキシコにくるあらゆる外国人に、皮膚の色や国籍おかまいなしに、下痢でたたって歩くのだそうだ。アメリカやヨーロッパにやられっぱなしのメキシコのささやかな復讐というわけか。

メキシコで釣った魚は、タイの一種のワティナンゴとハタぐらいでたいしたことはないが、出会う料理は、捨てたものではない。
「ワティナンゴ・ア・ラ・ベラクルサーナ」という料理は、ワティナンゴという魚に軽く衣と油をつけて熱い油で揚げ、それにトマト、タマネギ、ピメンタなどを入れた熱い透明なスープをかけたものなのだが、その味は


魚は赤いけれども肉は白身で、もろく、高雅である。ピメンタは日本のピーマンにそっくりだけれど、とびあがりたくなるくらい辛くて、食べていると、額からタラタラと汗が出てくるほどである。しかし、香ンばしい油、はんなりとした塩味、気品のある白身のまざりぐあいは、まことに逸品であった

というぐらい旨いもののようだ。

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2006年2月16日

開高 健 「もっと遠く! 南北両アメリカ大陸縦断記 北米篇」下 (文春文庫)


下巻は、ニューヨークからニューオーリンズまで。北米というからメキシコまで入るのかと思ったら、どうやら生粋の「アメリカ」まで。

この巻は釣りだけでなく、食い物についても唸る一節の多い巻である。

一体に、開高 健の「食い物」「旨いもの」の表現は、汁(つゆ)がしたたるようであり、湯後が沸き立つようであり、なんとも唾を飲み込みそうな表現が多いのだが、この巻もその期待に違わない。

例えば、ニューヨークのオイスターバーで貝(ハナグリ)を食べるところでは


かわいいハマグリの淡桃色を一刷き。あえかに刷いた、白い、むっちりとした肉、それにレモンをしぼりかけると、キュッとちぢむ。オツユをこぼさないようにそろそろ口にはこび、オツユも肉も一息にすすりこむ。オツユは貝殻に口をつけて最後の一滴まですすりこむ。ムッツリだまったまま、つぎつぎと一ダース、二皿で合計二十四個。

同じニューヨークのチャイナタウンで小汚い中華料理屋に飛び込み、


魚片の入った熱アツの粥をたのむとうれしいことに香油(ゴマ油)を一滴ふりかけてくれた。油條をちぎりちぎりその粥に浸し、香菜(コエンドロ)をふりかけ、垢だらけの欠けレンゲですくう。口にはこびつつ、粥とゴマ油の香りと油條を少しずつ呑みこみ、ついでに声も呑みこんでしまう。

といったところや、

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2006年2月12日

開高 健 「もっと遠く! 南北両アメリカ大陸横断記 北米篇」(上)文春文庫


一時期は、熱狂して読み漁っていたのに、なにかの折にパタンと読まなくなってしまう作家というのがある。私の場合、「開高 健」もその一人だ。「最後の晩餐」といった食エッセーから、ベトナムを題材にした数々の小説群、釣りのエッセイや対談集など、買い漁っては、読み、その書癖というか、熱狂を秘めながら、冷めているという特性のある表現を好んでいたのだが、なんとはなしに冷めてしまった。

それは、いわゆるフライやルアーの「釣り」が匂わせるスノッブさが嫌になったのかもしれないし、ベトナム戦争から現在までの時代の流れの中で、いわゆる社会主義が色あせるどころか瓦解していくといった変化に、これらの小説群を読む、こちらの視線が、あてどなく、他所へいってしまったせいかもしれない。


そんなあまり理由のないことで遠ざかっていたのだが、ふと書庫の片隅から引っ張り出したところ、なんとなく懐かしい。なにか昔よき時代の話を聞いてるような感じがしてきてレビューしてみたくなった次第。




さて時代背景だが、1979年から1980年にかけてのアメリカ大陸横断である。世界史的には1979年10月の韓国の朴大統領が暗殺されたり、イラン革命がおこっている。
1980年にはモスクワオリンピックのボイコットやイラン・イラク戦争がおきている。またレーガンがアメリカ大統領となり、ジョン・レノンが暗殺された年だ。


いわゆる冷戦構造が健在で、共産主義と資本主義の牙城は双方健在であった頃。ロシアはまだソビエトで、アメリカはアメリカだった頃だ。この頃は、現代でも「宗教」が国を動かす、あるいは国を脅かす存在であるとは思いもしない頃だ。

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2006年2月11日

岸本葉子 「「和」の旅、ひとり旅」(小学館文庫)

おひさしぶりに読んだ、岸本葉子さんの旅本、というか旅エッセイである。 岸本葉子さんといえば、「アジア発、東へ西へ」や「旅はお肌の曲がり角」あたりから旅本として読み始めたのだが、最初の頃の、元気な北京留学娘をほうふつとさせるものから、年を経るにつれ、段々と「上品」になってきているような感じがする。

そういえば、表紙カバーのお写真も、(大変失礼ながら)ちょっとお年を召されたセレブの奥様といった雰囲気を醸し出されているのである。でも、キレーで賢そうな人だな、と思わせる風情十分である。

とまあ、容姿の話はさておき、この本の構成は
自分の中の「旅」を問い直すような内への旅を思わせる「「私」と出会う」
日本のあちこち、とはいっても騒々しい観光地ではなく、北海道・ニセコ、安曇野、天草などなどの、謂れや風情のありそうなところが多い旅行記、「元気をもらいに」と「時間を超えて」
季節の移り変わりを、花や野草をネタにとりあげた「季節を感じる」

旅行記の中で、おろ、と思ったのが「南大東島」

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2006年2月 8日

林 巧 「アジアもののけ、島めぐり」 (光文社文庫)

副題が「妖怪と暮らす人々を訪ねて」で、訪問するところは、バリ、沖縄、ボルネオである。それぞれの地を訪ね、人に会い、それを綴る、という旅行記の基本はおさえてあるのだが、ちょっと普通の旅行記とは違う。


それは、目に見えるもののレポートだけでなく、目に見えないもの、いわゆる「おばけ」を見ようとする、あるいは感じようとする旅でもあるからだろう。
そして、いわゆる異世界探訪ものとは、また違うのは、そうした目に見えない世界を、我々の住む世界とは異なる世界としてリポートしようとするのではなく、我々と地続きの世界としてレポートしようとしているからだろう。




訪れるところの人々もまた”異世界””おばけ”に非常に近しい。


異界へのゲートがあちこちに開いていて、そこからさまざまなおばけたちが、島へ入り込んでいると考えているバリの人たち


魔物はいつでもあちこちを徘徊しているものだと想定していて、毎日の暮らしの中で魔物をどうやって避けるかに心を砕いて、”石敢富”や”シーサー”を祀る沖縄の人たち




マレー半島やインドネシアから精霊らちが大挙して還っていく、おばけたちの故郷となるような”町”をかかえるボルネオの人たち


そして、そうした人たちの感ずる”おばけ”は


「黒魔術の体系に身を投じて、その次元で、もう一つの生を獲得した妖術使いのレアック」


「古くて、太くて、根っこがまるで生き物のように曲がりくねっているような老樹の精霊ともいえるキジムナー」


「はらわたをひきずって飛び、人の生き血を吸うポンティアナ」


といった、生活の中の隣の暗闇にいそうなものばかりである。

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阿川佐和子 「タタタタ旅の素」 (文春文庫)

阿川佐和子さんの旅本・・・というより旅をテーマにしたエッセイである。阿川佐和子さんといえば、週刊文春の、上品だが切れ味鋭いインタビュアーである。こうした人の旅エッセイだから、きっと切れ味鋭すぎて・・うー、と思ったら大間違い、なんともほぁっとしたエッセイである。







舞台となる国というか地域は、それこそ多種多様。でも、どちらかというと外国でいうとアメリカ、香港、シンガポール、ヨーロッパ、日本では京都、軽井沢、長野、広島といったあたりが舞台となるのは、そこらのバックパッカーの旅本とは違うところ。どことなく上品である。


しかし、文中にでてくる話やエピソードは、ありきたりの旅本と違って、うーむとうならされるところが多い。

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2006年1月15日

小林紀晴 「ASIA ROAD」(講談社文庫)

デビュー作「ASIAN JAPANESE」の4年後の続編。

旅するときは1995年の夏から翌年の夏までの1年間。東京からバンコクにわたり、タイ、ベトナム、中国、台湾、沖縄、東京とめぐる、ASIAN JAPANESEの旅をなぞるかのような旅である。文章だけでなく、ふんだんに挿入されている写真がよい効果を出している。文書だけでなく、写真を読み取っていく必要のある本である。

1995年夏から1996年夏にかけてに何がおこっていたのか、Wikipediaで調べてみると、1995年は、7月にPHSサービスがはじまり、8月にベトナムがアメリカと国交回復、11月にWindows95が発売されている。7月以前に阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件がおきているから、騒然とした年であったことはまちがいない。芸能的には、安室奈美恵、TRFといた小室ファミリーが大ブレークしていた時だ。1996年は、1月に村山首相退陣、橋本首相の誕生。3月に台湾初めての総統選挙で李登輝氏が当選、7月にアトランタ五輪が開催されている。

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2006年1月 7日

鴨志田 穣・西原理恵子 「煮え煮え アジアパー伝」

アジアパー伝の三作目。他のシリーズ本と同じく、西原理恵子さんの漫画と鴨志田 譲さんの旅というかアジア滞在記エッセイのダブル搭載。漫画とエッセイとは別物だから、一冊で二度美味しいということか。

鴨志田さんのエッセイのほうは、まず韓国から始まる。韓国を出て東京へ留学、就職、その後再び韓国に帰って不遇を抱えているカクさんと取材旅行をしているところから始まる。とはいっても取材の様子はほとんどなく、飲む。飲む。飲むの記録である。

こんな調子で、神戸の震災の際のルポ、ミャンマーでの出家、タイでの暮らしやまわりの人々を綴っていく。だから、本音のところ、真面目なミャンマーやタイの滞在記と思ってはいけない。自らの生活と体を、わざと壊していく印象を受ける。


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2006年1月 4日

長崎快宏 「アジアケチケチ一人旅」(PHP文庫)

旅行記の楽しみは、日本とかけ離れた異国の情緒を、実際に旅することなしにふれあうこと以外に、ちょっと古い旅行本だと、今は失われてしまった外国の一時代に触れるという、ちょっとうがった楽しみがある。

この本も1998年3月に書き下ろしされたものだから7年前か、それ以上前のアジアの姿と暮らしが描かれたものといってよい。だから、旅の新しい知識を仕入れたり、穴場を発見するつもりで読むと痛い目をあうことになるが、ちょっと昔の歴史の記録やルポルタージュを読む気で読むと、かなり面白い。

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2005年12月18日

星野知子 「トイレのない旅」

実際の旅は1992年頃の星野知子さんの旅本

赴くところは、ペルー、シベリア、中国雲南省

美人の女優さんに似合わず行く場所は、かなりハードである。
おまけに、ペルーは日本人殺害などテロが頻発している時期だし、シベリアはペレストロイカの失敗が、見えかけた時期で物資などが不足しがちの上に社会主義特有の無愛想さが健在な頃。雲南省は政情不安とはいえないが、世界になだたる田舎である。

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2005年12月11日

星野知子 「食べるが勝ち!」(講談社文庫)

女優の星野知子さんのシリア、中国、パラグアイなどなどへの旅行記、食物記である。
星野さんといえば、サイト管理人若かりしとき、NHKの朝ドラ「なっちゃんの写真館」で颯爽とデビューされた美人女優さんである。

最近は美術関係のTVの司会やキャスターなんかもされているので、うーん、また小難しい理屈や教養がやたら溢れ出して、ちょっと迷惑な旅行記かなー、と思って読みはじめたが、管理人の見込み違い。
屋台の食べ物には異常に執着しているし、異国で焼いたシシャモに感動したり、身近に楽しめる旅行記でした。スイマセン。

収録は「ラマダンの食べないシリア」「酸素をいただく青海省(中国)」「パラグアイの腹具合は?」「おあずけのインド」「何もない冬のアイスランド」「おいしいところちょっとずつ」の6篇。

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2005年12月 7日

岡崎大五 「意外体験!イスタンブール」(祥伝社黄金文庫)

イスタンブールへのパックツアーの添乗日記「岡崎大五 「意外体験!イスタンブール」(祥伝社黄金文庫)」を読む。普通、パッケージツアーといえば、行くところも定番、食べるものも定番・・・といったことが予想されるのだが、そこはトラブルコンダクター岡崎大五さんの添乗するトラブルツアー、何もおきないはずがない。

今回のツアーは、不倫っぽい先生のカップルからちょっとボケてるっぽい夫婦づれ、やたらナンパをしかける爺さん、といった不良中年、老年のようなツアー参加者である。

とはいっても、そこは歴史に溢れるトルコ・イスタンブールツアーである。アンカラを皮切りに、カッパドキア、ペルガモン、トロイなどなどトルコの歴史を訪ねるツアーは開始する。

途中、行方不明になりそうなツアー客がでてきたり、ボケている妻を抱えた夫婦づれは無理心中をたくらんでいるような気配がするし、不倫カップルはケンカをはじめるし、名所名所でのトラブルをこなしながら、最終地イスタンブールである。

意外体験!イスタンブール

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岩合日出子 「アフリカポレポレ」(新潮文庫)

旅行記、滞在記としては、珍しい部類に属するアフリカを舞台にした 「岩合日出子 「アフリカポレポレ」(新潮文庫)」を読む。
動物写真家の旦那さんに同行して、アフリカのタンザニア、セレンゲティ国立公園に一家で過ごした記録である。
「ポレポレ」とは、スワヒリ語で「ゆっくり」の意のようだ。働きすでては体がもたない、急いだところでなんになる、また明日にしようじゃないかーということらしい、と筆者も自分に納得させるかのように書いている。

「ポレポレ」とでも言ってないと、確かにキレてしまいそうな毎日ではある。

最初は家がみつからない、水が出ないといったトラブルから始まり、住む家が見つかれば見つかったで、食料の確保と、虫(蟻、ハエ)の侵入に悩む毎日である。

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2005年12月 3日

今井千香子 「アジアのミラクルパンチーインドネシア絶叫、爆笑生活」(徳間文庫)

インドネシア人の旦那さんと結婚した今井千香子さんが、旦那さんの実家のインドネシアで暮らしているときのインドネシアの滞在記(「アジアのミラクルパンチーインドネシア絶叫、爆笑生活」(徳間文庫))である。

東南アジアの滞在記や旅行記といえば、タイやベトナム、フィリピンなどがメインだから、インドネシアの滞在記は珍しい部類に属すると思う。しかもイスラム圏である。思いもつかいないことがあるんだろうなー、と思いながら読み進める。

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谷崎 光「中国てなもんや商社」(文春文庫)

貿易商社に採用され中国相手の部署に配置されたた筆者が、遭遇する、ありとあらゆる爆笑的トラブル。

宴会の席の白酒の乾杯ぜめで同行の日本人が沈没し、おかげで検品の時間が不足したり、品物が届かないと苦情をいうと、工場が竜巻で飛んだからだ、といいわけしたり


上司(華僑の人)がまた働き者で、仕事師で、どうやら年中無休(1日ぐらいは休むようだが)。まあ、これについて働いている筆者も門前の小僧なんとやら、で、だんだん商社ウーマンとしてさまになってきてくるところが面白い。

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2005年11月22日

小林紀晴 「アジアン・ジャパニーズ 3」(新潮文庫)

アジアン・ジャパニーズのシリーズの最終章である。

日本からアジアへ、アジアからヨーロッパへ、そしてまたアジアへと振れてきた筆者の旅も、台湾から、沖縄へ向かい、沖縄から島伝いに鹿児島へ向かう旅で、日本への回帰を迎える。途中、筆者の故郷、諏訪の御柱祭の記事もはさみ、アジアから琉球弧をへて、原日本へ戻っていく旅であるかのようだ。

沖縄で出会う人々も、本土から移り住んだか、あるいは旅をしている途上の人たちが多い。
いずれも本土、東京のアンチテーゼとして、沖縄いやオキナワが抽象化されている。
沖縄は、本土以上の不景気の時だから、移り住んだ人々にも定職といった定職のない人が多い。竹富島に移住してきたカメラマンの
「まず、店がないでしょ。家も他のまわりの人たちを見ても、どうやって生活しているのかよくわからない。農業をやっているわりに、別に出荷しているわけじゃないし、というのを見ると、こういうのでも生活できるんだと」
という発言が象徴的だ。

そして、日本とアジア、東京と沖縄を対比する概念として提出されるのが「山と海」である。

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2005年11月21日

蔵前 仁一 「旅ときどき沈没」(講談社文庫)

蔵前仁一氏の、今度は、アジアに限らず世界あちこちの旅行記である。
「沈没」とは、旅行先、滞在先の食べ物や気候やもろもろが気に入って、思いもかけず、ずるずると長期間、同じところに居続けてしまうことらしい。

本の中身は沈没どころか、平和な地から戦乱の続く地まで、さまざまな世界を旅した筆者ならではの話が展開される。

一端を紹介すると

 アフリカに長く滞在する人でも、なかなか正しい郵便料金はわからないものらしい。

研究のため何年もアフリカに滞在している日本人に聞いても、「いまだに私はセネガルから日本までの絵はがきの正確な郵送料を知らない。局によって、また同じ局でも窓口の人によって、さらにはおそらく同一人物でもその日の彼の気分によって、まちまち。」(ガーナ式郵便局)

・・・・・おいおい・・・・・

だったり、

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蔵前 仁一「 ホテルアジアの眠れない夜」(講談社文庫)

「長期旅行者の憂鬱」「星空ホテルの眠れない夜」「旅のスクラップノート」「旅が教えてくれたもの」の4章からなる、アジアを中心とする旅行記。

バックパック旅行の達人、蔵前仁一氏が語る、アジアの長期な貧乏旅行のあれこれ。

まず、第1章では、安上がりのバックパッカーの旅行と、彼らなぜ汚い宿が平気なのかが語られる。

「僕も含めて彼ら旅行者達が、そんな汚い部屋やベッドを、何故ちっとも「悲惨」だと思わないのかというと、それは明らかに、まわりのネパール人たちの生活の方がもっと「悲惨」だからである。

だが、実は恐らくはそのような旅行者たちのほとんどは、電気もなくクーラーもなくテレビもない生活を「悲惨」な生活と考えることができなくなっているのではないか、と僕は思う。日本ではそれらの「文化生活」を味わっていたのかもしれないが、失ってしまってもちっとも「悲惨」などとは思えない。なくなってサッパリしたなんて感じることさえある。意外なくらいそう感じる
ネパール人の生活が、だから理想的で素晴らしいものだとは、残念ながらいえない。彼らは貧困にあえいでいるし、病院も学校も、もっと必要なのだ。
しかし、その合間にいる僕らのような旅行者は、そのどちらもが「理想」と「悲惨」を持っているということに気づかずにはいられないのだ。」

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2005年11月20日

蔵前仁一 「いつも旅のことばかり考えていた」(幻冬社文庫)

おなじみ旅行作家、蔵前仁一の、世界各国旅のこぼれっ放しのネタ集みたいな本。
こうした旅本といえばアジアネタが多いのだが、アジアに限らずアメリカ、アフリカなんでもこい的に盛りだくさんである。

「長距離バスの問題」「カルカッタの無賃乗車」「テヘランからのおくりもの」「屋根の上で子羊は鳴く」「いつも旅のことばかり考えていた」の5章からなる旅本

始めからの4章は、筆者が旅して遭遇した、ちょっと面白い経験、かわった経験。スパイスの連続だから、気を張らないで読もう。

例えば

機内物品をくすねる乗客がいれば、(航空会社が違う)ばらばらの機内食の食器を出す航空会社や係官の住居と兼用のネパールの入国管理のオフィス。

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小林紀晴 「アジアン・ジャパニーズ2」(新潮文庫)

初めてヴェトナムに行き、ハノイで日本人学校で教える女性に出会い、1年半後、再び東京で再開する。

その間の旅である。場所は「パリ」。


インドのカルカッタで下痢に襲われ、自分のまわりにまとわりつくようなアジアから逃れたくて、アジアから最も遠いところへと逃れていくのがきっかけである。
距離としての遠さではなく、アジアの対極としての「パリ」である。

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2005年11月 3日

「アジアの地獄」(小学館文庫)

それ行けバックパッカーズシリーズの2作目。2000年7月1日初刷。定価476円+税をリサイクルショップで210円で購入。

今度は、バックパッカーたちがアジアのあちこち(といっても、ペルーやイスラエルの話もあるが)で、いろんなトラブルに巻き込まれる話の集合。

トラブルといっても、金はもっていなくて、危険なところにもふらふら立ち入るし、たいていの食べ物や生水は口にするし、清潔さもそこそこ、といった、おなじみのバックパッカーたちの遭遇するトラブルだから、そのネタも種々雑多。
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「アジアの純愛」(小学館文庫)

それ行けバックパッカーズシリーズの1作目。2000年7月1日初刷。定価476円+税を、リサイクルショップで税込み210円で購入。

バックパッカーたちのアジアでの恋の物語。
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ゲッツ板谷 「インド怪人紀行」(角川文庫)

ゲッツとカモちゃんの二人が、今度は貧乏旅行のメッカ インドへ旅する。
タイ、ベトナムと定石を踏んできた旅行記も、クライマックスへ。

ところが、なかなか出発しない。今度の同行者のハックやナベちゃんという若者の話や、バンコクの居酒屋でひっくり返ったり、風邪ひいて熱出したりする話が続く。どうも、今回の旅は、同行の二人の若者がいわくありげで、はずみをつけている気配が濃厚だ。
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2005年11月 1日

小林紀晴 「アジアン・ジャパニーズ 1」

文庫版は平成16年4月1日初版。定価590円+税で購入。

3年半勤めた会社を辞め、フィルムを数十本抱えて、アジアへあてのない旅行にでかけた筆者が、アジアで出会った日本のバックパッカーたちの記録と、彼らに再び日本かアジアで再会した時の記録。

本の表紙の、街角で振り返っている女性、また、通りの向こうへ走り去っていきそうな女性の姿が印象的な本である。
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2005年10月31日

「アジアの真心」(小学館文庫)

2001年8月1日初版。定価476+税を、リサイクルショップで210円で購入。
同時に姉妹編の「アジアの純愛」「アジアの地獄」を購入したが、その書評は、また後日。

すべて書き下ろしの短編ばかりだが、アジア各地でバックパッカーが出会う心温まる人情話。人と思えば泥棒どころか強盗と思え、ぐらいの貧乏旅行の面々なので、ちょっと感動しすぎじゃない、と思うところもあるのだが、結構、読ませる。

話としては、ドジを踏んだ旅行者が現地の人に暖かく支えられる話や同行の人と日本では築かれなかった信頼を得る話など。
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2005年10月30日

椎名 誠 「地球どこでも不思議旅」(集英社文庫)

1985年7月25日初版(初出は昭和57年とある)。定価は400円だが、リサイクルショップで105円で購入。

収録は「プロレス王国メキシコの謎と秘密と大コーフン」「日本列島みぎひだり水平直角大勝負」「いま中国・シルクロードはどうなっておるのか」そして「<巻末特別対談>椎名誠VS沢野ひろし 今わしらは正しいホテルについてこう考える」

メキシコ、日本列島の旅では京都から出雲、津軽、高松、そしてシルクロードにそってゴビ砂漠へ(本当はラーメンを訪ねる旅にしたかったらしいが)、日本がまだとっても元気だった頃の旅行記である。
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2005年10月27日

岸本葉子 「よい旅を、アジア」(講談社文庫)

筆者の北京留学中の揚子江旅行の話から、台湾、香港、シンガポールなどの東南アジアを中心とした旅行記。

揚子江の船の旅で、新婚旅行中の夫婦を兄妹と誤解したり(重慶では夫婦のことを兄妹ということがあるらしい。本当か?)、台湾では、一目ぼれされて、行き先行き先で、やたら丁寧なエスコートや宿泊先の世話をしてくれる青年に出会ったり。(筆者は、この青年のこと、結構好意的に書いているが、行き先行き先で先回りして現れる男ってストーカーっぽいぞ)といった話からはじまるのだが、筆者が(この旅行記の当時は)若い女性のせいか、ほかの旅行記に比べ、華やいだ印象を受ける。
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岸本葉子 「アジア発、東へ西へ」(講談社文庫)

北京への留学体験もある筆者の、台湾からインドネシア、中国、ヨーロッパににいたる旅行記。

インドネシアの工場へ働きに出る仲のよい兄妹。経済成長著しい中国(ハルピン)で勝ち組となっている外資系会社の秘書の女性と上司の中国系アメリカ人との、うら寂しい姿。
洗面器にもられたゆでた羊の肉を皆でほおばるモンゴルの話は印象的。この本の中で一番うまそうだった。引用すると・・・

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岡崎大五 アジア飯店(青春文庫)

添乗員もやってい岡崎大五さんの若い頃のど貧乏アジア旅行記。
収録されている話のほとんどが食べ物にかかわるものなのが「アジア飯店」の名に恥じない。しかも、どれもが、安くてうまそうなのだ。
インドやパキスンタンのカレー、ベトナムのホビロン、トルコの臓物スープなどなど

特に、うまそうなのは、バンコクの油ギトギトのラーメン、バーミーヤワラーと南インドの富士山カレー。富士山カレーは、イラストもそえてあり基本はベジタブルカレーなのだが、なんとも魅力あるのだ。

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2005年10月15日

椎名 誠 「にっぽん・海風魚旅 怪し火さすらい編」(講談社文庫)

椎名誠さんの旅日記。土佐、能登、瀬戸内海の島・丸亀、五島、北陸、北海道の根室半島や野付半島、甑島など
当然、あちこちで旨い魚や珍味に舌鼓をうつことになる(著者の大好物、カツオも当然でてますよ)のだが、この本では、「うどん」が目立つ。
瀬戸内海の島、四国では当然のようにうどんなのだが、長崎の五島列島でもうどんである。
また、このうどんがどこも旨そう。日本人は麺類だなー、とあらためて実感。

それぞれの章で、著者が撮影した写真が掲載されているのだが、子どもたちの笑顔がどれも元気そうで良い。

収録は8編
にっぽん・海風魚(さかな)旅(怪し火さすらい編)

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2005年10月 9日

宮田珠己 「旅の理不尽」(小学館文庫)

現地の人との暖かいふれあいとか、旅で出会う日本とアジアとの違いなど、賢くなることを期待して本書を読んではいけない。
著者の弁によれば、著者は一介のサラリーマンで、夏期休暇や会社員の当然の権利である有給休暇を取得したり、その他当然ではない権利もいろいろ取得したりして、成し遂げた旅の記録であるからだ。当然、旅先ではいろいろな事件がある。チップが少ないと、熊を観光客にけしかけるトルコの熊男にには勝っても、みやげ物売りには負けたり、食べかすをはき散らす中国人のまねはするが、ボールいっぱいのウーロン茶に閉口したり、ハノイで地元の美しい女性と交流を広げようと思うが同行者に邪魔されたり、マジックマッシュルームでバッドトリップしたり・・・。
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山田 和 「インドの大道商人」(講談社文庫)

1988年というから、今からほぼ20年前に、インドを旅して、そこの大道商人からのインタビュウと写真をまとめたもの。数年間をかけてインドを旅して、都会ばかりでなく外国人が足を踏み入れることのない地方の村まで、床屋から野菜うり、土器売りなどありとあらゆるインドの大道商人のインタビュウを残した著者の熱意と酔狂さには脱帽。

しかし、いろんな職業があるものである。野菜売りなど日本でもありそうなものから耳掻き屋まで、さすがインドやー、という感じ。

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2005年10月 8日

ゲッツ板谷 「ベトナム怪人紀行」(角川文庫)

日本の怪人、ゲッツとカモちゃんが、今回はベトナムに挑む。今回の旅の不幸な道連れは
ベトナムで日本のテレビ番組のコーディネートをしている鈴木君。
「タイ紀行」と違い、最初は、耳掃除の心地よさやらフォーやラウ・マム(寄せ鍋)をはじめとするベトナム料理のうまさから始まる。なんか雰囲気違うと思うことしきり。「タイ紀行」ではケンカしてる場面が多かったのだがなー。最後は、絶滅が危惧される手乗り鹿を食する話・・・(やっぱり、ここに落ち着くか)。
料理の話が出てくるのは最後まで一貫している。あちこちでの特色ある料理(中には「犬料理」も含まれるのだが)が紹介され、美味そうに描かれている。

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ゲッツ板谷 「タイ怪人紀行」(角川文庫)

ゲッツ板谷(金髪デブ)と鴨志田 譲(兵隊ヤクザ)、はせぴょん(やたらいいかげんらしい場へ編集者)の繰り広げる、乱暴な紀行記第1弾。舞台はタイ。

1枚目の写真の女の子は無邪気で可愛いが、あとは不思議なおっさんたちの写真多。

鴨志田さんは、たしかに漫画家の西原理恵子さんの旦那さんだったことがある人だけど、この本で読む限り、ぶち切れしやすい、危険な人らしい。それにも負けず、ゲッツさんも危険なにおうがするのは私の気のせいではないだろうし、その二人が東南アジア、「タイ」となる危険とトラブルは倍加していくのは間違いない。

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2005年10月 5日

旅行記が好きです

 ひところから(バブルの頃を中心として)旅行記やガイドブックが数多く出版され始めた。「地球の歩き方」をはじめとしたガイドブックから旅行エッセイや体験記まで。また、アメリカやヨーロッパといった西欧からアジア・アフリカまで。形式も国も様々な旅行記が書かれ続けている。
 個人的な好みでいえば、ちょっとバタ臭く、気取った感じのするアメリカ・ヨーロッパより、貧乏くさかったり、なんかまったりした、いい加減な雰囲気のするアジアの旅行記が好きでしょうがない。

 元来、出不精な方で、仕事ではアメリカ、韓国、台湾など何度か行ったことがあるが、プライベートとなると(出不精だけの理由ではないのだが)新婚旅行と家族旅行1回だけ。おまけに国内も東北以北は行ったことがないという状況。そういう私が、無性に旅行記が好きなのは、きっと、日常の仕事の行き詰まりや煩さや、逼塞間が、一定の量に達っした時に感ずるハグレタクなる衝動、エスケープしたくなる衝動と同じものだと思う。
 人によっては、そのまま出かけてしまうのだろうが、私の場合は、時折、旅行記を買い込み、「アームチェア・デイクティティブ」ならぬ「アームチェ・トラベラー」として部屋の中に垂れ込んだままの旅行に出かけることとなる。

そんな感じで読み漁った旅行記や滞在記について、あれこれを綴っていきたい。