2006年2月アーカイブ

珍しく、古生物学の本を読んだ。

古生物といっても、恐竜とかマンモスとか剣齒虎といったメジャーで人気のあるものではなく、もっと昔、

カンブリア紀である。

私が、まだ若い頃は、カンブリア紀といえば、茫漠とした太古の時代で、三葉虫が主役。そんな虫みたいなわらじみたいなのが、泥の中や海底の砂の上を這い回ったり、潜り込んだりしている、妙に平和な時代と教えられていたように思う。


ところが、カナダのバージェス頁岩や中国の澄江とか、グリーンランドのシリウス・パセットとかの発掘が進むに従って、捕食動物、もっと平たく言うと肉食動物というか肉食の生き物が出現し、食われる方の生き物も硬い殻をつけたりして防御にいそしみはじめた時代で、のどかどころではなかったようだ。


さて、このシリーズも最終巻である。この巻はペルーから始まり、旅の終わりのマゼラン海峡を望む地、リオ・ガジェゴスまで。

ペルーでは一種、豪快な釣りに同行する。

なにせ、荷物が氷520キロ、水600リットル、米50キロ、ガソリン270リットル、石油60リットル、以下ジャガイモ、トウガラシ、サラダ油・・・と合計2トン、同行者ニ十数名というコルビーナ(イシモチの一種らしいが、体重12キロ、体長1メートル20にまで成長するらしい)や畳のように巨大なヒラメ釣りを数週間にわたって釣る一大旅行というか大イベントである。

しかも旅行の主催はペルーで大規模な日本料理店を営む人だから、当然料理人つきであり、ここで供されるペルー料理が、また食欲をそそるものばかりだ。

それは、

鍋の底にタマネギやトマトやシジャガイモを敷き詰め、軽く塩をふる。その上に魚をのせる。その上にまたタマネギやトマトを敷き詰め、塩をふり、アヒ(トウガラシ)を入れる。その上にまた魚、その上にまたタマネギやトマト。こういう具合にしたのを、水を一滴もいれないで、トロトロ弱火で煮た、「スダド」というスープ

魚(コルビーナ)のとれとれの端麗な白身を刺身にして大皿に並べ、そこへタマネギやトウガラシをふりかけ、新鮮なライムの鋭い果汁をたっぷりとふりかける。魚の肉が酸に焼けてチリチリと白くなる。はんなりと白くなったところをいただく「セビチェ」

であったり、

牛のコラソン(心臓)をワインビネガー、つぶしたニンニク、コショウの粉、クミンシード、塩、小さいトウガラシ(タカの爪)などにおよそ8時間から12時間つけ、それをコマ切れにして太い青竹の串にさし、炭火で焼いた「アンティクーチョ」

などである。


「もっと遠く」に続いたアメリカ大陸縦断記の南米篇である。
南米篇は、メキシコから始まる。もちろん、南米にメキシコを入れるのは筆者も躊躇しているが、スペイン人の征服によるアステカ帝国の滅亡から現在までの宗教、風俗、史的体験からして北米とは異なるものとして南米篇にいれたものだという。そういえば、今までのオリンピックの開催国で、オリンピック開催後、国威を著しく落としたのはメキシコだけだ、という逸話をどこかで読んだことがある。

そんなメキシコから始まり、コロンビアまでいたるのがこの南米篇の上巻である。

メキシコに入ると、すぐさま「モクテスマの復讐」に襲われる。とはいっても事件ではない。下痢である。コルテスに滅ぼされたアステカ帝国の最後の皇帝 モクテスマ二世が、メキシコにくるあらゆる外国人に、皮膚の色や国籍おかまいなしに、下痢でたたって歩くのだそうだ。アメリカやヨーロッパにやられっぱなしのメキシコのささやかな復讐というわけか。

メキシコで釣った魚は、タイの一種のワティナンゴとハタぐらいでたいしたことはないが、出会う料理は、捨てたものではない。
「ワティナンゴ・ア・ラ・ベラクルサーナ」という料理は、ワティナンゴという魚に軽く衣と油をつけて熱い油で揚げ、それにトマト、タマネギ、ピメンタなどを入れた熱い透明なスープをかけたものなのだが、その味は


魚は赤いけれども肉は白身で、もろく、高雅である。ピメンタは日本のピーマンにそっくりだけれど、とびあがりたくなるくらい辛くて、食べていると、額からタラタラと汗が出てくるほどである。しかし、香ンばしい油、はんなりとした塩味、気品のある白身のまざりぐあいは、まことに逸品であった

というぐらい旨いもののようだ。


下巻は、ニューヨークからニューオーリンズまで。北米というからメキシコまで入るのかと思ったら、どうやら生粋の「アメリカ」まで。

この巻は釣りだけでなく、食い物についても唸る一節の多い巻である。

一体に、開高 健の「食い物」「旨いもの」の表現は、汁(つゆ)がしたたるようであり、湯後が沸き立つようであり、なんとも唾を飲み込みそうな表現が多いのだが、この巻もその期待に違わない。

例えば、ニューヨークのオイスターバーで貝(ハナグリ)を食べるところでは


かわいいハマグリの淡桃色を一刷き。あえかに刷いた、白い、むっちりとした肉、それにレモンをしぼりかけると、キュッとちぢむ。オツユをこぼさないようにそろそろ口にはこび、オツユも肉も一息にすすりこむ。オツユは貝殻に口をつけて最後の一滴まですすりこむ。ムッツリだまったまま、つぎつぎと一ダース、二皿で合計二十四個。

同じニューヨークのチャイナタウンで小汚い中華料理屋に飛び込み、


魚片の入った熱アツの粥をたのむとうれしいことに香油(ゴマ油)を一滴ふりかけてくれた。油條をちぎりちぎりその粥に浸し、香菜(コエンドロ)をふりかけ、垢だらけの欠けレンゲですくう。口にはこびつつ、粥とゴマ油の香りと油條を少しずつ呑みこみ、ついでに声も呑みこんでしまう。

といったところや、


一時期は、熱狂して読み漁っていたのに、なにかの折にパタンと読まなくなってしまう作家というのがある。私の場合、「開高 健」もその一人だ。「最後の晩餐」といった食エッセーから、ベトナムを題材にした数々の小説群、釣りのエッセイや対談集など、買い漁っては、読み、その書癖というか、熱狂を秘めながら、冷めているという特性のある表現を好んでいたのだが、なんとはなしに冷めてしまった。

それは、いわゆるフライやルアーの「釣り」が匂わせるスノッブさが嫌になったのかもしれないし、ベトナム戦争から現在までの時代の流れの中で、いわゆる社会主義が色あせるどころか瓦解していくといった変化に、これらの小説群を読む、こちらの視線が、あてどなく、他所へいってしまったせいかもしれない。


そんなあまり理由のないことで遠ざかっていたのだが、ふと書庫の片隅から引っ張り出したところ、なんとなく懐かしい。なにか昔よき時代の話を聞いてるような感じがしてきてレビューしてみたくなった次第。




さて時代背景だが、1979年から1980年にかけてのアメリカ大陸横断である。世界史的には1979年10月の韓国の朴大統領が暗殺されたり、イラン革命がおこっている。
1980年にはモスクワオリンピックのボイコットやイラン・イラク戦争がおきている。またレーガンがアメリカ大統領となり、ジョン・レノンが暗殺された年だ。


いわゆる冷戦構造が健在で、共産主義と資本主義の牙城は双方健在であった頃。ロシアはまだソビエトで、アメリカはアメリカだった頃だ。この頃は、現代でも「宗教」が国を動かす、あるいは国を脅かす存在であるとは思いもしない頃だ。

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