副題が「妖怪と暮らす人々を訪ねて」で、訪問するところは、バリ、沖縄、ボルネオである。それぞれの地を訪ね、人に会い、それを綴る、という旅行記の基本はおさえてあるのだが、ちょっと普通の旅行記とは違う。
それは、目に見えるもののレポートだけでなく、目に見えないもの、いわゆる「おばけ」を見ようとする、あるいは感じようとする旅でもあるからだろう。
そして、いわゆる異世界探訪ものとは、また違うのは、そうした目に見えない世界を、我々の住む世界とは異なる世界としてリポートしようとするのではなく、我々と地続きの世界としてレポートしようとしているからだろう。
訪れるところの人々もまた”異世界””おばけ”に非常に近しい。
異界へのゲートがあちこちに開いていて、そこからさまざまなおばけたちが、島へ入り込んでいると考えているバリの人たち
魔物はいつでもあちこちを徘徊しているものだと想定していて、毎日の暮らしの中で魔物をどうやって避けるかに心を砕いて、”石敢富”や”シーサー”を祀る沖縄の人たち
マレー半島やインドネシアから精霊らちが大挙して還っていく、おばけたちの故郷となるような”町”をかかえるボルネオの人たち
そして、そうした人たちの感ずる”おばけ”は
「黒魔術の体系に身を投じて、その次元で、もう一つの生を獲得した妖術使いのレアック」
「古くて、太くて、根っこがまるで生き物のように曲がりくねっているような老樹の精霊ともいえるキジムナー」
「はらわたをひきずって飛び、人の生き血を吸うポンティアナ」
といった、生活の中の隣の暗闇にいそうなものばかりである。
こうした「もののけ」や「おばけ」を身近に感じながら生活する、生きるということは、私たちの普段の暮らしを、端の方からその存在を揺るがすものとなる。
筆者が、
人はただ暮しやすい場所を選んで、世界全体のほんの片隅で暮している、ということがボルネオでは疑いようもなくわかる。
世界は人間だけのものではない。人が知ることのできない、いろいろなものごとがボルネオではどこかで確実におこっている。
というとき、私たちの暮らしというのが、目に見えないものも含めた広大な”世界”の中で、ごく小さな居場所しかもっていないことに、あらためて気づかされるのである。
終わりには、水木しげる氏と京極夏彦氏のエッセーが寄せられている。
その京極夏彦氏の 文書を引用して、この書の実相を象徴するよすがとしよう。
私達の国は博物学的視座に立つことによって要領よく近代化を成し遂げたような感がある。それ以来私達は、恰も西洋人が興味本位で東洋の文化を眺めるように自分達の本来の姿を自分達の生活から切り離して眺めていはしないか。そうだとすればその、ある意味高みから見下ろす視線こそが、私達と「島」を切り離している理由なのだろう。私達が忘れてしまったこととは、即ち自分達の姿をありのままに見据えるまなざしなのである。
私達の暮らしは、世界の、ほんの一部分を占めているにすぎない・・・

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