2009年6月アーカイブ

ご存じのように中谷 巌氏は、小泉内閣の「経済戦略会議」の議長代理をはじめ、数多くの政府委員を務め、構造改革の旗手として大活躍していた人。

その人が、構造改革を推進してきたことを自己批判し、「転向」を表明したのが、本書である。

構成は

序章 さらば「グローバル資本主義」

第一章 なぜ、私は「転向」したのか

第二章 グローバル資本主義はなぜ格差をつくるのか

第三章 「悪魔の碾き臼」としての市場社会

第四章 宗教国家、理念国家としてのアメリカ

第五章 「一神教思想」はんぜ自然を破壊するのか

第六章 今こそ、日本の「安心、安全」を世界に

第七章 「日本」再生への提言

終章 今こそ「モンスター」に鎖を

となっていて、著者がなぜ「市場原理主義」に惹かれていったか、を若い頃の留学経験などを語りながら延べ、「アメリカ」という国家の特異性、実は「市場原理主義」も特異な存在であることと、その欠陥というよりは害悪が、まず語られていく。

「いけちゃんとぼく」をとりあげたら、なんとなく西原理恵子さんのものをとりあげたくなったので、続けてレビューをすることにする。


で、そうなると「ぼくんち」である。
というのは、全編を通じて流れるハチャハチャさともの悲しさ、そしてラストの泣かせどころといい、「いけちゃんとぼく」にひけをとらない出来だと思うのだが、どういうわけか、大々的に取り上げられているのを最近見ない。やはり、西原さんのいう「下品さ」が影響しているのか?けして、そんな下品ではないぞ、とこの作品を援護したくなったという訳である。


始まりは、「山と海しかないしずかな町」に住む男の子「二太」のところに、三年前に家出していた母親が帰ってくる。なんと「おねえちゃん」と一緒にだ。「おねえちゃん」の名前は「かのこ」といって、ここにくる前は「ピンサロ」で働いていて・・・・、といったところから。まあ、なんとも乱暴な出だしではあるが、西原さんの漫画らしいといえばいえなくもない。

そして、再び母親が家出して、二太は、(たぶん)この血のつながらない「おねえちゃん」と暮らし始めるのだが・・・

 西原理恵子さんの初めての絵本。

 
 いけちゃんは
 ずっとまえから
 そばにいる

 いけちゃんは
 なんとなく そばにいる
 

から始まる、丸くて、ふわふわの「いけちゃん」と「ぼく」の日々の暮らしと生活と、ぼくの成長と別れを描いた絵本、といっていいのかな?

このあたり大筋は言い得ていると思うが、いまいち、この絵本の全体を通した感覚を表現できていないようでもどかしい。


西原さん特有の、露悪的なギャグを含んだお話、例えば、ぼくが友人にバナナの皮やナフタリンを食わす話などや、喧嘩やいじめ、父親との死別のエピソードが、いつもそばにいる「いけちゃん」とのふれあいが、この人特有のパステル調ではあるが、原色に近い、なんとなく、南国のアジアっぽい色使いとともに語られていくのだが、ワハワハと読みながら、時折うむ・・・とかうならされて、なんとなくもの悲しくなってしまうのは、いつもの西原理恵子調絶好調である。


例えば、父親を亡くした悲しみは、海で100回おぼれるほどの感じ、「100うみ」だと「ぼく」と語りながら、

サブプライムローンの破綻後、いわゆる新自由主義に対する批判やアメリカ社会の現実のような本が、かなり出てきているが、本書もその一つであることは間違いない。

ただ、本書は、いわゆるルポルタージュという形がとられることによって、「実は新自由主義は間違ってました」「間違いは実は私は気がついていたんですがね」といった風見鶏的な論調とは、かろうじて一線を画していることができている。

ただ、本書が刊行されたのが2008年1月で、初出はしらないが、もし同時期とすれば、サブプライムローンの破綻する2007年から2008年の時期に附合することにもなり、「おいおいもっと早く言ってもいいだろ」と後出しジャンケン的なものを感じるのは否定できない。

と悪口を書いてしまったが、ルポとしては、かなり上出来ののものと思う。アメリカの貧困をきちっとリポートしながら、けして、グローバル資本主義がなくなればOKとか、大きな政府にすれば万事解決、悪いのは「大企業」だったのよ、というような、ある種、楽天的な論調に陥ることなく、アメリカの貧困の底の深さ、解決の難しさを記述していて、ルポとしての好感がもてる仕上がりになっている。

食エッセイあるいは、日本食べ歩きといっていいのだが、題名で想像がつくとおり、食べるものが尋常のものではない。というよりは、フツーは食わないだろ、といった代物や「うーむ、ちょっとね」といった食べ物の食エッセイである。

収録は

睾丸のようなもの。ぐねぐねするやつら(沖縄県 与那国島・石垣島)

なんてこったの肛門チンポコ生物(佐賀県 有明海・唐津)

決め技はコリコリとずるずる(京都府 伊根・丹後)

奇食ではなく貴食なのであった(北海道 阿寒湖)

ヒトは禁じられると求めるものだ(岩手県 遠野・宮古)

高知の山海秘密の三本勝負(高知県 安芸・大方)

食うか食われるか。ミキにはキミの夢がある(鹿児島県 奄美大島)

でっかくて黒いやつ。小さくて黒が好きなやつ(青森県 鰍ケ沢。下北半島)

輝け!第1回全日本麺の甲子園大会(日本全国)

でらうまの謎(愛知県 名古屋)

愛と策略の蜂の子まぜごはん(長野県 白馬・穂高)

鮒ずしへの詫び状(滋賀県 琵琶湖)

一見して、どんな食べ物かがわかるものもあるから、一部を紹介するだけにしておくが、椰子蟹、うみへび、いそぎんちゃく、ゲンゲのナンダもしくはババアないしはグラと呼ばれるもの、ゴカイ(エラコ)、ウツボ、納豆サンド、といった代物がオンパレードである。


いったいにこういうゲテモノというのは、一種の怖いモノみたさのようなものがあって、自分が食べるのは別にして、他人が食べるのを見たり、読んだりするのは、妙に自虐的な快感がある。

といったことで、あえていくつか引用すると

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